浄土真宗本願寺派 紫雲山 安楽寺

安楽寺の歴史

安楽寺の来し方

安楽寺起源の由来は、遠く奈良時代(西暦七○○年代)に遡るのですが、その経緯の詳細は、これまでの戦渦や大火による記録消失のため、残念ながら定かならざるところ多くあります。でもこの近年に編纂されたいくつかの文献、そして安楽寺や野見山家それに高宮八幡青柳家の古文書や記録が辛うじて大方の歴史体系を浮き上がらせてくれました。

それによると安楽寺の祖先・高岐(城)某が、霊亀元年(西暦七一五)宇佐八幡宮に勧請して伊岐須に高宮八幡宮を開基したとあります。 爾来高岐家は神仏混淆時代の流れの中で篤き信仰心を代々継承し、それは天正十三年(西暦一五八五)高岐(城)太佐衛門の直孫・僧恵教師によって天台宗寺院が開基されるという具体化となりました。そしてその後元和弐年(西暦一六一六)八月二十七日、僧教了師により真宗に改宗、本願寺より「准如願主教了 寺號木仏を免さる」(筑前国続風土記附録)とあり、安楽寺が正式に浄土真宗の寺として開基発足したのがこの年でありました。従って今年が丁度満四○○年目となるわけです。 以来今日まで安楽寺は、徳川・明治・大正・昭和・平成と続いた時代を、二十一代に及ぶ代々のご住職と門徒の方々が、ひたすらみ教えに帰依し、戦渦・大火・飢饉・大戦等激動の試練をのり超えて、心の拠り所としての大切な安楽寺を営々と守り通し、み仏の正しき布教に尽くしてこられたことに感謝の念を捧げずにはおれません。

特にこの近年のご住職御三方は今はお浄土ですが、それぞれに安楽寺のためご献身頂いたその貴いご足跡には頭が下がります。まず十九世賢隨師は、請われて久留米西養寺より当寺にご入籍、還浄までの後半生をお寺の興隆発展の為まこと粉骨砕身尽力され、数々の成果を挙げて頂きました。

二十世嘉晃師は、滋賀県近江八幡よりご入寺、他宗寺育ちでしたが親鸞成人のみ教えに帰依され、読書家の同師は真宗書籍を次々と読破、み教え体得に没頭されました。また安楽寺の新しい壮年層の個々に熱心にみ教えを説き行かれる中で、寺の壮年会を再組織、門徒会活動に新鮮な息吹を注いで頂きました。 また二十一世尚子師は、急逝された嘉晃師の後を承って坊守の立場から住職を受け継がれ、八面六臂の大ご活躍、山積する寺の内外の為事に積極的に創造的に献身していただきました。 新住職二十二世了悟師も、先賢に劣らず安楽寺の優れた歴史創造主になって欲しいと思います。

歴代住職

開祖 教了師
二世 慶了師
三世 慶心師
四世 残主師
五世 周傳師
六世 恵雲師
七世 法雲師
八世 泰翁師
九世 溙翁師
十世 溙嶺師
十一世 林月師
十二世 音龍師
十三世 観山師
十四世 泰山師
十五世 天順師
十六世 玉置師
十七世 玉龍師
十八世 信行師
十九世 賢隨師
二十世 嘉晃師
二十一世 妙尚師
二十二世 了悟師

開祖 教了師
二世 慶了師
三世 慶心師
四世 残主師
五世 周傳師
六世 恵雲師
七世 法雲師
八世 泰翁師
九世 溙翁師
十世 溙嶺師
十一世 林月師

十二世 音龍師
十三世 観山師
十四世 泰山師
十五世 天順師
十六世 玉置師
十七世 玉龍師
十八世 信行師
十九世 賢隨師
二十世 嘉晃師
二十一世 妙尚師
二十二世 了悟師

安楽寺の仏舎利ものがたり

安楽寺に仏舎利(お釈迦さまのご遺骨)がお祀りされていることをご存知でしょうか。なぜ安楽寺に仏舎利が?
時は明治四十三年、本願寺二十二代ご門主・大谷光瑞師の大谷探検隊が、中央アジア探検第三回目に際し、その経費調達困窮事態を迎えることとなりました。そこでこれが解決のためご門主・光瑞師ご自身がわざわざ安楽寺までご出向なされて、安楽寺のご門徒・伊藤伝右衛門氏に援助をお求めになったのです。快くこれに応じた伝右衛門氏は、莫大な額の奉賛を行い、三回目の探検成功、これで大谷探検隊はシルクロード研究上貴重な業績を挙げることができました。本願寺からはこれへの謝意として仏舎利(三粒)が贈与されたのです。 安楽寺では、拝戴した仏舎利はインド・パコダの慣に習い、阿弥陀様の御下にお祀りすることとし、本堂仏壇の真下に埋置されました。 時は移り平成十一年、新納骨堂・恩徳堂の落成を記念して、仏舎利御一粒をご門徒・野見山博氏ご寄進による特製の仏舎利塔に安置して当堂三階に移し祀りました。
そして今回の継職・四百年法要に関わる本堂改修工事に当たり、本堂仏壇下の御二粒のご無事も確認、皆様にも直接お参りして頂くために一時門徒会館へ。法要後にはまた本堂阿弥陀様の御下に安置させていただきます。

宝石の輝き 岩絵具 / 日本画家 師岡晋一

日本画には、水干絵の具(泥絵の具)、岩絵の具(天然)、近年ではガラスなどに菜食して粉末化した新岩絵の具(新岩)などがあります。いずれも粉末状の顔料に膠(にかわ)を混ぜて描きます。いずれも貴重な絵の具ですが、天然の鉱物を砕いて粉末化した岩絵の具は、とくに希少で高価な顔料として扱われます。今回の襖絵にはこの岩絵の具を使わせていただきました。現代で岩絵の具が使われる場合、その多くが比較的安価な水干絵の具などを下地に使用し、表面だけに高価な岩絵の具を使用する方法がとられます。その場合、時間の経過と共に、下地の水干絵の具がしだいににじみ出て、表面の岩絵の具の輝きを損なうことがあります。そこで今回の襖絵には、水干絵の具を使用することなく、下地にはひび割れ防止の為の処置を施すのみで、極力天然の岩絵の具を使用して描き上げることに努めました。美しい青のラピスラズリをはじめ、鮮やかな緑の緑青(孔雀石)、しっかりとした朱の辰砂、やさしい桃色の珊瑚、落ち着いた金茶の虎石、輝く白の胡粉、他にも水晶、雲母などの天然石からなる岩絵の具。その特徴の一つが、光の具合によって様々な色合いを見せてくれるということです。時間の経過、見る方向によってあきらかに色合いを変えてみせます。そして永くその色彩の輝きを変えません。世界でも、岩絵の具が最も劣化しにくい顔料と言われます。

浄土真宗本願寺派 紫雲山 安楽寺

〒820-0053 福岡県飯塚市伊岐須398

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